【1】都内の公園 (夏、昼間) |
お姉さん | Tシャツにジョギングパンツ、首にタオルをかけたお姉さんがランニングコースを走っている。 「ファイト、ファイト……」 お姉さんが植込みの横を走り去ろうとする直前、モグタンが植込みの上にテレポートしてくる。 |
モグタン | 「モーグタン!っと」 モグタン、走り去ろうとするお姉さんを呼び止める。 |
モグタン | 「お姉さーん!」 お姉さん、その声に振り向き足を止めモグタンに歩み寄る。 |
モグタン お姉さん | 「お姉さん、ジョギング?」 「そう!この夏、夏バテも夏太りもせず健康に過ごすには運動が一番!」 胸を張るお姉さん。 |
お姉さん | 「と思ったんだけど……やっぱり無理な運動が一番健康に良くないわ……ハァ」 お姉さん、その場に座りこむ。 |
モグタン お姉さん | 「(頭を抱えて)そんなことだろうと思ったよ」 「ねぇモグタン、冷たいものでも飲みに行きましょう」 |
【2】公園内売店 |
お姉さん モグタン お姉さん | モグタンを抱き、お姉さんが店内に入ってくる。 「ふー、疲れた(ベンチに座り、モグタンを横に下ろす)。」 「お姉さん、何にする?」 「そうねぇ……」 店内を見渡すお姉さん。その視線が店の隅のバケツ(氷水でラムネを冷やしている)で止まる。 |
お姉さん | 「ラムネか……久しぶりに飲もうかな。すいません、ラムネ2本下さーい!」 瓶を受け取ったお姉さん、玉を落とし栓を抜く。 |
お姉さん | 「キャッ!」 お姉さん、飲み口から吹き出したラムネに驚く。 |
モグタン | 「慌てるからだよ」 ラムネを飲むお姉さん、その手が止まり、瓶を口元から離す。 |
お姉さん | 「ねぇモグタン、前から思ってたんだけど……」 お姉さん、瓶をしげしげ眺める。 |
モグタン お姉さん | 「何、お姉さん?」 「このラムネの瓶、ガラス玉で栓をしてあるけど飲むときに逆さまにしても落ちてこないじゃない。 瓶の口より大きいガラス玉をどうやって入れてるのかしら? それに、こんな瓶を使ってるのってラムネだけよね。どうしてラムネだけこうなの?」 |
モグタン お姉さん 二人 | 「うーん……それじゃお姉さん、ジョギングは一休みしてラムネのはじめてを見に行かない?」 「待ってました!(指を鳴らす)」 「クルクルバビンチョパペッピポ! ヒヤヒヤドキッチョの モーグタン!」 モグタンにカメラ寄り、ワープシーンへ移行 |
【3】原始時代 (草原) |
| 肩にモグタンを載せたお姉さんがワープアウトしてくる。 |
お姉さん | 「やってきましたおなじみの原始時代! ……と言いたいところだけどモグタン、今回はラムネのはじめてよ。 原始時代にそんなものあるわけないじゃない。ねえ原始人さん?」 お姉さん、通りがかった原始人を呼び止める。 |
原始人 お姉さん モグタン | 「ラムネ?そんなもの知らん。わし、これから薬の水飲みに行くところ」 「薬の水?何それ」 「行ってみようよ」 3人、連れ立って歩いていく。 |
【4】原始時代 (水場) |
原始人 | 岩の間から水が涌き出ている。 「これ、薬の水。暑い時や腹具合がよくない時飲むとすっきりする」 原始人、水を手ですくって飲む。 |
お姉さん | 「これが……?」 お姉さん、同様に水をすくい口に運ぶ。 |
お姉さん モグタン お姉さん | 「あ、この味!(驚いた表情)」 「炭酸の味でしょ?」 「本当……でもどうして?」 |
ロングおじさん | 「湧き水の中には自然に炭酸ガスが溶け込んでいるものがあって、古くから人々に利用されていたんだ。 昔は今みたいに冷蔵庫なんてなかったから、暑いときにこんな水を飲むと、炭酸ガスがのどを刺激して特に冷たく、さわやかに感じたんじゃないかな。
それに、炭酸ガスは味覚神経を刺激して食欲を増したり、胃腸の働きを助ける効果もあるんだ。 こういった効果を昔の人は経験から知っていて、炭酸ガスの含まれた水を薬代わりに使っていたんだね」 |
お姉さん モグタン | 「ふーん。でも、これじゃミネラルウォーターのはじめてじゃないの? ラムネはどうなったのよ」 「ごもっとも。それじゃちょっと時代を進んでみよう。バビンチョ!」 2人ワープしてその場から消える。 |
【5】紀元前エジプト (宮殿) |
お姉さん モグタン | 「ここは?」 「紀元前のエジプトさ」 華やかなトーガをまとった女性(クレオパトラ)、杯を手に現れる。 |
お姉さん クレオパトラ | 「エジプト。ということは、ひょっとしてあなたクレオパトラさん?」 「いかにも。わらわがエジプトの女王クレオパトラじゃ」 クレオパトラ、手にした杯から何かを飲む。 |
お姉さん クレオパトラ お姉さん | 「クレオパトラさん、何を飲んでいるの?」 「これ? これは美貌を保つ特別の薬」 「えっ、美貌を保つ? お願い、ちょっとだけ分けてちょうだい!」 お姉さん、クレオパトラに迫る。 |
クレオパトラ | 「(気圧された風)ちょ、ちょっとだけよ」 お姉さん、杯を受け取って中身を口に含む。 |
お姉さん モグタン お姉さん ロングおじさん | 「あれ、これも炭酸? お酒みたいだけど」 「それはワインに真珠を溶かしたものだよ」 「まあ、真珠を?(驚く)」 「真珠は主に炭酸カルシウムという成分でできている。この炭酸カルシウムは酸によく溶けて二酸化炭素を出す性質があるんだ。だから、ワインに真珠を入れるとワインの酸に真珠が溶けて炭酸の味がするようになるんだね」 |
クレオパトラ | 「そう、宮殿の奥で密かに作らせたこの薬を飲んでいるからわらわはこんなに美しいのじゃ」 クレオパトラ、お姉さんに腕を差し出す。 |
クレオパトラ ロングおじさん | 「(誇らしげに)この肌つやを見るがよい。まさに真珠の輝きそのものじゃ!」 「まあ、肌つやがよくなったかはともかく、さっき話した炭酸ガスの効果のおかげでクレオパトラが普通の人より健康を保っていたのは間違いないだろうね」 |
お姉さん | 「でも、さっきの炭酸ガス入りの湧き水は水のわき出ている場所の近くでないと飲めないし、この真珠入りワインは普通の人には高すぎてとても飲めたものじゃないわ。これじゃみんなでラムネを飲む、ってわけにはいかないじ ゃない」 |
プリーストリー | 「それを解決したのが私です」 僧衣を着た初老の男(プリーストリー)、お姉さんのそばに現れる。 |
お姉さん プリーストリー | 「あなた、だぁれ?」 「私、イギリス人のジョゼフ=プリーストリー」 |
【6】実験室 |
ロングおじさん | プリーストリーの実験を興味深げに見ているお姉さんとモグタン。 「プリーストリーは炭酸カルシウムに酸を加えた時に発生する二酸化炭素を水に溶かすことで、炭酸水を人工的に作ることに成功したんだ」 |
お姉さん プリーストリー | 「これでいつでも炭酸水が飲めるようになったのね」 「そう、私こそが炭酸飲料の元祖というわけ」 満悦の表情で瓶を持つプリーストリー。と、脇からスーツ姿の男が現れる。 |
スーツ姿の男 | 「はい、どうもどうも」 スーツ姿の男(スピークマン)、瓶を取り上げる。 |
スピークマン プリーストリー | 「そして、これを今ある炭酸飲料の形にしたのがこの私、アメリカのタウンゼント=スピークマン」 「あら……(ずっこける)」 |
【7】ドラッグストア店頭 |
| 群がる客に自作の炭酸飲料を売るスピークマン。その傍らにお姉さんとモグタン。 |
ロングおじさん お姉さん ロングおじさん | 「1808年、スピークマンはこの炭酸水に果汁で味付けしたものをはじめて売り出したんだ」 「それが炭酸入りの飲み物のはじめて、ってわけね」 「この後、ヨーロッパやアメリカでは各地で炭酸水が製造され、それに味付けをするやり方も増えていった」 |
【8】説明画面 |
ロングおじさん | 「いろいろな果物の果汁の他にも、ショウガを搾った汁やキニーネという植物を浸したアルコール。 そういったものを炭酸水に混ぜることで味をよりおいしく、さわやかにしようとしたんだね」 台詞にあわせ果物、ショウガ、キニーネが画面に映る。 |
ロングおじさん | 「そして、19世紀の中頃に食品用香料がつくられたことで炭酸飲料の味はさらにおいしくなり、また大量生産ができるようになった。こうして今あるラムネやサイダーの元の形が作られていったんだね」 お姉さんのバストアップ、肩にモグタン。 |
お姉さん モグタン | 「なるほど。ところでモグタン、日本ではいつ頃ラムネが飲まれるようになったのかしら?」 「それじゃ、その頃に行ってみよう。バビンチョ!」 |
【9】江戸時代末期日本 |
お姉さん モグタン お姉さん | モグタンとお姉さん、海岸にワープアウト。 「ここは?」 「江戸時代終わり頃の日本さ。お姉さん、沖を見てごらんよ」 「沖?」 お姉さん、沖合に目をやる。沖合に四隻の外輪船。 |
お姉さん モグタン お姉さん ロングおじさん | 「わぁ、大きな船!」 「お姉さん、あれが黒船だよ」 「黒船?」 「そう。1853年にペリー率いるアメリカの艦隊がやってきて、日本に開国を迫ったんだ」 |
浦賀奉行 | 遠くから馬の蹄の音近づく。 「どけどけ〜! そこの者、通行の邪魔だ〜!」 浦賀奉行とその同行者達の乗った馬が砂埃を蹴立てて通りすぎる。 |
お姉さん | 「(咳き込みながら)ゲホゲホ……何、今の?」 砂煙徐々に薄れる。涙目のお姉さんとモグタン。 |
【10】黒船船内 |
ロングおじさん | 「この時、浦賀奉行、今の東京入国管理局長みたいな人が黒船を訪問し、もてなしを受けた」 ペリーと浦賀奉行、同行者がテーブルを挟んで相対している。テーブルの上にコルク栓をしたキュウリ瓶。 |
ペリー | 「暑イトコロオ疲レサマデース! アメリカカラ持ッテキタソーダヲゴチソーシマショー!(瓶を手に取る)」 ペリー、コルクに指をかけ栓を飛ばす。同時に周囲にポン!と大音響が響き、浦賀奉行達は驚いてイスから転げ落ちる。 |
浦賀奉行 奉行の同行者 | 「こ、これは……短筒か!?」 「おのれ、我らをだまし討ちにする気であったか!」 奉行ら、怒りの表情で刀を抜きペリーを追いかけ回す。 |
ペリー ロングおじさん | 「ノー! 誤解デース!」 「一応、これが日本人がラムネのようなものを飲んだはじめてとされているんだ」 |
【11】明治元年横浜、ノース&レイ商会 |
ロングおじさん | 「そして明治元年の横浜」 スーツ姿の2人組(ノース、レイ)、困った表情で顔を見合わせている。 |
ノース | 「うーん、困った……」 お姉さんとモグタン、ワープアウト。 |
お姉さん レイ | 「何が困ったの?」 「お姉さん、これを見て下さいよ」 レイ、積み上げられた大量の空き瓶を指す。 |
お姉さん ノース | 「まあ、どうしたのこれ?」 「私たちはここでドラッグストア、要するに薬屋をやってるんです。 イギリスではドラッグストアといえば薬や雑貨の他に必ず飲み物を扱うんで私たちもそうしていたんです」 |
レイ お姉さん レイ | 「そう、そしてこれがお客さんのところから戻ってきた瓶です」 「たくさん売れたのねぇ……商売繁盛で困ることなんかないじゃない?」 「それがそうも言っていられないんですよ。 こんなにたくさんじゃ置き場所に困るし、そうは言っても捨てるのももったいないし……」 |
モグタン レイ | 「中身だけ仕入れてきて詰め直したらどうなの?」 「できればそうしたいんですけどね、イギリスから運んでくるのも結構お金がかかるんですよ。 それだけお金をかけるとかえって足が出てしまいそうで……」 |
ノース お姉さん | 「それに、仕入れればまた瓶が残りますからね。結局同じことですよ」 「そうね。もっと近くから取り寄せられればお金もかからないし、瓶じゃなくて樽なんかでも持ってこれるのに……」 |
ノース | 「近くから? それだ!」 ノース、何かをひらめいた風で飛び上がる。 |
お姉さん ノース レイ ロングおじさん | 「どうしたの急に?」 「近くから仕入れられればいい、でも仕入れる場所がない、だったら私たちが中身を作ればいいんだ!」 「それだ相棒! 早速準備にかかろう!」 「こうして、ノースとレイは横浜で炭酸飲料の製造販売を開始した」 |
ノース お姉さん レイ | ノースが客(外国人)にキュウリ瓶を手渡す。 「いやー、空瓶は無くなるし売り上げも伸びるしで言うことなし!」 「よかったわね!」 「お姉さんもよかったらレモネードをどうぞ」 レイ、お姉さんに瓶を差し出す。 |
お姉さん レイ お姉さん モグタン ロングおじさん | 「え? これってレモネードなの?」 「ええ、それが何か?」 「モグタン、どうなってるのよ?」 「お姉さん、この頃のヨーロッパでは香料で風味を付けた飲み物をすべて『レモネード』と呼んでいたんだよ」 「だからノース達も『レモネード』という名前で炭酸飲料を扱っていた。それがなまって『ラムネ』と日本では呼ばれるようになったんだけど、その他にも栓を開けるとき『ポン』という音がするので『ポン水』、レモンのような味がするので『レモン水』なんて呼ばれたりもしていたんだよ」 |
お姉さん ロングおじさん | 「じゃあ、これが日本でラムネが作られたはじめてなのね」 「いや、それが昔のことではっきりこれがはじめて、と言いきれるわけじゃないんだよ」 |
【12】同年の東京、築地 |
ロングおじさん | 「例えば、ノース達が炭酸飲料の製造をはじめたのと同じ頃、東京で、中国人の蓮昌泰という人も同じように炭酸飲料の製造販売をはじめている」 弁髪、中国服の男がキュウリ瓶に炭酸飲料を詰めている。 |
ロングおじさん | 「でもまあ、『珍奇鏡』という本によると、ラムネや洋酒が発売されたのは明治2年、となっているからこのあたりが日本でラムネが作られたはじめて、と言っていいだろう」 |
【13】ノース&レイ商会前の路上 |
半纏を着た男 | 半纏を着た男、商会店舗を憎々しげに見る。 「ケッ、何がラムネだ、この野郎!」 お姉さん、男に声をかける。 |
お姉さん 男 お姉さん 男 | 「おじさん、何を怒ってるの?」 「そこで売ってるラムネだよ」 「ラムネ? 飲むんだったら中に入って買ったらいいじゃない」 「冗談じゃねぇ! そんな高いもの飲んだ日にゃあこちとら4、5日はおまんまの食い上げよ。 俺たちにゃまるで関係ない異人さんと金持ちの飲み物なんか目と鼻の先で売りやがって、胸くそ悪ぃったらねえよ、ったく……」 男、去っていく。 |
お姉さん モグタン ロングおじさん | 「変な人。ラムネってなんたって庶民の味じゃない」 「お姉さん、この時代のラムネは外国から伝わった高級品だったんだよ」 「その通り。この頃、ラムネの一本あたりの値段はだいたい8銭。 当時、お米一升が3銭3厘だったことを考えるとかなり割高なものだったと言えるね。」 |
お姉さん ロングおじさん モグタン | 「へえ。でも、どうしてその高級品がみんなの飲み物になったの?」 「それは明治19年……」 「(遮って)おじさん、実際に見てもらった方が早いよ。バビンチョ!」 |
【14】明治19年、東京 (長屋) |
お姉さん モグタン お姉さん ロングおじさん | お姉さん、ワープアウト。 「暑〜い!」 「この年の夏は記録的な晴天続きでとっても暑かったんだ」 「だからラムネが売れるようになったの?」 「それだけなら良かったんだけど、この年、東京や神奈川ではコレラが大流行していたんだ。 東京市内、今の都心部だけでも10万人以上の人が亡くなる非常事態だったんだよ」 |
お姉さん モグタン | 「まあ怖い! でもそんな非常事態ならラムネなんて贅沢品、なおさら売れるわけ無いじゃない」 「ところが、そうでもないんだな。ほら!」 モグタン、一軒の長屋を指す。キュウリ瓶から湯飲みにラムネを注いでいる男の姿。 |
お姉さん 男 お姉さん 男 | 「ねえおじさん、どうしてそんな高いもの飲んでるの?」 「ん? ああ、ラムネかい。確かに高いけどね、命には代えられないさ」 「命?」 「そう。こいつを飲んどきゃコレラも退散、って新聞に書いてあったんでね」 男、湯飲みをあおる。 |
ロングおじさん | 「この時、炭酸ガスを含んだ飲み物を飲んでいるとコレラにかからない、という記事が新聞に載ってラムネの売れ行きは大いにのびたんだ」 |
お姉さん モグタン ロングおじさん | 「ずいぶんいい加減ねぇ」 「病気やその原因になる細菌についてきちんとわかっていない時代だったから仕方ないよ」 「ともかく、そうしてラムネの売り上げがのびると新しくラムネを作って売り出そう、という人が出てくる。明治28年には東京だけでも80以上の会社がラムネを作っていた、というから驚きだね。 そうやって大量生産されたラムネがコレラの流行が止まった後、在庫がだぶついて安売りされたことでラムネは一気に庶民の飲み物になったんだ」 |
お姉さん | 「ところで、さっきから気になってたんだけどこのラムネ、中身は今と同じような味だけどビンの形が全然違うわね」 |
モグタン お姉さん モグタン お姉さん モグタン | 「その瓶はハミルトンボトル、通称キュウリ瓶って呼ばれているんだよ」 「キュウリ瓶? なんでそんな呼び方するの?」 「お姉さん、瓶の底を見てごらんよ」 「(瓶を目線に持ち上げる)あら、底が丸くなってる」 「この細長くて丸底の形やガラスの緑色がキュウリに似ていることから、この瓶をキュウリ瓶と呼ぶようになったんだよ」 |
お姉さん ロングおじさん | 「でも不便よ、この瓶。立てておけないから横に置いておかないといけないじゃない」 「そうなんだ。だけど、当時瓶に栓をする方法はコルクが主流だったから、いくらきちんと栓をしても今と違ってどうしても炭酸は抜けやすかったんだ。 このハミルトンボトルはお姉さんが言ったように横にして置いておかないといけないから、中のラムネがコルクを濡らす。そうすることで炭酸の抜けを防ぐ効果がある、ということで当時広く使われていたんだ」 |
お姉さん 職人風の男 お姉さん 職人風の男 お姉さん 玉吉 ロングおじさん | 「じゃあ、あのガラス玉の入った瓶はいつ頃できたの?」 「それはワイに説明させてんか」 「あなたは?」 「ワイ、徳永玉吉と申します」 「あなたがこの瓶を作ったの?」 「いや、それが……ワイはまねて作っただけでして(照れる)」 「明治21年、当時大阪でガラス工場を経営していた玉吉は研究用に買い入れたガラスのスクラップから中にガラス玉を封じ込んだ瓶を見つけ、それを再現しようと試みた」 |
【15】玉吉の工房 |
玉吉 お姉さん モグタン | 玉吉、手本のガラス瓶を脇に置き、それを時折見ながら瓶作りに没頭。それを眺めるお姉さんとモグタン。 「えーと、ここをこうして……と」 「すごい真剣ね」 「この時代の人は新しく進んだ西洋の文明を取り入れようと必死だったんだ。玉吉さんもその例外じゃないよ」 玉吉、棚から自作の瓶を手に取り、点検する。 |
玉吉 ロングおじさん お姉さん | 「……やったで! 寸分違わぬ同じものやがな!」 「4年にも及ぶ試行錯誤の結果、玉吉は玉栓瓶を複製することに成功した」 「やったわね! ところで、この玉吉さんがお手本にした瓶を作ったのは誰なのかしら」 |
| スーツ姿のイギリス人(コッド)、現れる。 |
コッド ロングおじさん | 「私、その瓶をはじめて作ったイギリス人のハイラム=コッドです」 「この玉栓瓶は1872年、当時イギリスで流行っていた炭酸入りミネラルウォーターを入れるために考え出されたものなんだ」 |
お姉さん モグタン お姉さん | 「それをラムネに転用した、ってわけか。これでラムネのはじめては一段落ね」 「お姉さん、まだ大事なことを聞いてないよ。ガラス玉のことを言い出したのはお姉さんじゃないか」 「そういえば、元はこのガラス玉をどうやって瓶に入れてるのかを不思議に思ったのよね。 おふたりさん、このガラス玉はどうやって入れてるの?」 |
玉吉/コッド | 「それはですね……」 2人、顔を見合わせる。 |
玉吉 コッド | 「ここは元祖のコッドさんにお任せしましょ」 「そうですか、では改めまして……コホン」 |
コッド | 「玉を入れた後に飲み口を小さく作り直すか、玉を入れた後に飲み口を上から被せるかの二通りの方法があります。 まず、飲み口を作り直す場合は、熱で溶かしたガラスを瓶の型の中に流し込み、空気を送ってだいたいの形にします。この時、瓶の口を狭めずに広く作っておいて、そこからガラス玉を入れるんです。そうすると中のくぼみにガラス玉が引っかかりますね。
その次にパッキンの入る溝を削り、最後に瓶の口を比較的低温の炎で熱して形を整えて完成、というわけです」 |
玉吉 | 「飲み口を上から被せるのはもっと簡単でんな。飲み口のところと瓶の本体を別々に作っておいて、玉を入れた後で二つをハンダ付けの要領でガラスでくっつける、ちゅうわけです」 コッド、玉吉のセリフにあわせ説明図がインサートされる。 |
お姉さん 玉吉 | 「単純だけど、ずいぶん手間はかかってるのね」 「そうですねん。何しろ中に入れるものがガスのぎょうさん入ったラムネでっしゃろ、瓶に傷があったり、厚さが一定でなかったりしたらラムネ詰めるときそこから瓶が一気に破裂して大ケガ、なんてこともありますねん。 だから、ワイらはきっちり仕事してそんなことが起こらんように気ぃつけてます」 |
【16】商店の店先 |
| 玉栓瓶のラムネが陳列されている様を見るお姉さん。 |
ロングおじさん | 「ちょうどラムネの需要が伸びていたことや、国産化に成功したことで日本でもハミルトンボトルは急速に玉栓瓶に置き換わっていった。この玉栓瓶は1892年にアメリカで王冠栓が発明されたことで世界的にはだんだん廃れていったんだけど、日本でラムネを作っていた会社の多くは規模が小さく、新しく王冠栓用の機械を買い入れる余裕がなかったんだ。 それに、ラムネを飲むときにガラス玉が瓶の中で転がってチリンチリンと鳴る音が風鈴のようで涼しい感じがする、と喜ばれていたこともあって、ラムネの瓶が王冠栓に変わっていくことはなかったんだね」 |
モグタン | 「それに、この瓶は栓になるガラス玉が中に入っているから、王冠やコルク栓がなくても瓶さえあれば再利用する事ができるんだ。だから、置ける設備や施設の規模が小さい、思いもかけないところでもラムネを作ることができたんだよ」 |
お姉さん モグタン | 「思いもかけないところ、って?」 「それじゃあ、行ってみよう。バビンチョ!」 |
【17】艦内 |
お姉さん モグタン お姉さん モグタン | お姉さん、ワープアウト。 「ここは?」 「旧海軍の戦艦の中だよ」 「どうしてこんなところに来たの? まさか軍艦の中でラムネなんか作るわけないじゃない?」
「ところが、そのまさかなんだな」 ラムネ瓶を手にした水兵が通りかかる。 |
お姉さん 水兵 | 「ねえ、そのラムネってこの船の中で作ったものなの?」 「そうですよ。蒸し風呂みたいな船の中に長いこといるとこいつだけが楽しみで……」 水兵、ラムネを飲み干す。 |
モグタン | 「大正10年、当時皇太子だった昭和天皇がヨーロッパを訪問するときに乗った『鹿島』『香取』にソーダ水製造機が積み込まれたことをきっかけにして、海軍の船にはラムネを作る機械が積み込まれるようになったんだ」 |
ロングおじさん | 「今もそうだけど、当時軍艦には必ず消火用に炭酸ガスのボンベが積まれていた。 この炭酸ガスを糖や香料を加えた水に溶かし込み、瓶に詰めればラムネの出来上がり、というわけだね」 |
お姉さん | 「なるほどねぇ……コルクや王冠は一度栓を開けたらそれでおしまい。だけど玉栓瓶なら船みたいなところでも瓶さえあれば何回でも使える、ってわけね」 |
モグタン | 「そういうこと!」 |
お姉さん | 突如爆音が起こり、船が激しく揺れる。 「キャア! いったいどうしたの?」 モグタン、船窓から外を見る。敵艦からの砲撃が外れ、大きな水柱が立ち上がっている。 |
モグタン お姉さん モグタン | 「お姉さん、この船撃たれてるよ!」 「まあ大変! モグタン、早く逃げましょう!」 「そ、そうだね。バビンチョ!」 2人、ワープしてその場から消える。 |
【18】海戦 (記録映像) |
ロングおじさん | 「歴史を語る上でどうしても避けて通れないのが戦争だ。ラムネの歴史もその例外じゃない。 昭和12年の日中戦争以降、ラムネを作るのに必要な砂糖、香料、炭酸ガスといったありとあらゆる原料が統制下に置かれるようになった。さらに昭和16年、日本がアメリカなどとの戦争に突入して以降、ラムネを作る技術を持った人は次々と軍隊に徴兵され、残された工場や設備、瓶なんかも戦争末期の各地への空襲で失われていったんだ。 戦争が終わった昭和20年には、全国に残ったラムネ工場は468箇所、その生産量は約500キロリットルにすぎなかった。これは大正15年の生産量の1パーセントにも満たない、というんだからどれだけ戦争の影響が大きかったかわかるよね」 |
【19】闇市 (記録映像) |
ロングおじさん | 「それでも終戦直後から、残った設備を利用してラムネの生産は再開された。何しろ物がない時代のことだし、しかも日本中が甘い物に飢えていたから需要は天井知らず、昭和22年には2年前の30倍近い約15000キロリットル、昭和25年にはその倍の約28000キロリットルと生産量はすごいペースで増加していったんだ。 こうして、日本の復興とともにラムネも社会の中に当たり前のようにある存在に戻っていったんだね」 |
お姉さん | 「ラムネの復権、というわけね」 |
【20】昭和30年代東京 (記録映像) |
ロングおじさん | 「ところが、戦争の傷跡から日本が立ち直って世の中がだんだん豊かになるにつれて、当時高級品とされていたサイダーの需要が強まっていったんだ。それを証明するようにラムネの生産量は昭和28年の約83000キロリットルをピークにだんだん減っていき、清涼飲料全体に対する割合も小さくなっていったんだ。 それに追い打ちをかけるようにコーラの販売も昭和36年から自由化され、ますます清涼飲料の多様化は進んでいった。平成12年に出荷されたラムネの生産量は約18000キロリットル、これは清涼飲料の総生産量に対する0.1%にすぎない」 |
【21】小売店店内、清涼飲料ケース (記録映像) |
お姉さん ロングおじさん | 「言われてみれば、最近はジュースやコーラ、それにコーヒーやお茶まで何種類もお店で売ってるわね」 「そうだろう? そんな中で、長く日本人に親しまれてきたラムネの玉栓瓶は製造中止を余儀なくされ、姿を消しつつあるんだ」 |
お姉さん ロングおじさん | 「ええ? おじさん、ラムネはまだどこに行っても飲めるじゃない」 「確かに、ラムネはどこに行っても飲める。でもラムネを飲むとき、瓶をよく見てごらん。形はラムネ瓶みたいでも口のところだけプラスチックだったり、どうかしたら瓶全部がプラスチックだったりするだろう?」 |
お姉さん ロングおじさん | 「確かにそうかもしれないわね……」 「ラムネ瓶は一度使われた後お店を経て工場に戻ることでリサイクルされるんだけど、瓶が割れてしまったり、返さないで捨ててしまう人が多くなったせいであまり見かけることはなくなってきた。 僕たちはいろいろなもののはじめてを見てきたけど、ものごとには何でもはじめてがあればおしまいもある。 ラムネ瓶はひょっとしたら僕たちがおしまいを見届けるものの一つになるのかもしれないね」 |
【22】公園内売店 |
| お姉さんとモグタン、ワープアウト。 |
二人 お姉さん モグタン | 「ただ〜いまっと!」 「そういえば、ラムネってこういう売店とかでしか見なくなってきてたわね」 「特殊な瓶を使ってるからね。缶やペットボトルのラムネならスーパーなんかでも買えるけど、洗って何回も使うようなタイプの瓶を使ったラムネは確実に瓶を回収できるところでしか売らなくなってるんだよ」 |
お姉さん モグタン お姉さん | 「なるほどね」 「でも、せっかく残った瓶ラムネだもの、できるだけ長く残ってて欲しいよね」 「うん! そのためにはやっぱり売れないとダメよね。すいません、ラムネもう2本下さい!」 お姉さん、バケツからラムネを2本抜き取る。驚いた様子のモグタン。 |
モグタン お姉さん | 「ええ〜、そんなに飲んだらおなか壊しちゃうよ〜!」 「あら、モグタンはもう飲まないの? じゃあ、私が2本とも飲んじゃお」 お姉さん、瓶を後ろ手に隠す。 |
モグタン | 「あ、1本はボクの分なの? 飲みます、飲みますよ、お姉さんってば〜!」 カメラ、じゃれ合う2人の様子からだんだん引いていく── |